●歴史
飛鳥時代には右官、左官と言う名称で今で言う左官業とそれ以外の普請業を右官といった説や左官、大工説などはっきりしないが、安土桃山時代に城普請で活躍した穴太衆(あのうしゅう)の一部が城普請が無くなってから曳き屋に転業したという記録が残っている。鳶職と呼ばれる様になったのは江戸時代以降である。江戸時代の町奉行、寺社奉行という行政上の自治管轄の名残りにより、寺社大工(宮大工)、町大工、野帳場大工という様に大工は呼称されるが、町鳶、野帳場鳶という呼称に対し寺社鳶という表現はほとんど聞かれない。
本来の職域主に木造軸組工法の家屋の建築を担う職人。作業内容は地業(地均し、掘削)、基礎工事、足場の架設、棟上(軸組の組み立て)。その他は建築解体、曳き屋、木遣り(木材の運搬)。祭礼内容は地鎮祭、上棟式、竣工式。